地方病教育推進研究会ブログ

山梨県地方病の制圧までの歴史

静岡県の日本住血吸虫症➂ー最近の話題から

地方病教育推進研究会(略称-教育推進研)事務局です。(ブログ第164号)

これまで旧浮島村(現・沼津市及び富士市の一部)に棲息していたミヤイリガイは、恐らく甲府盆地のミヤイリガイが富士川の流れでこの地に流れ着いたものだろうと書いてきましたが、違うものであることがわかりました。以下論考を下に説明します。

飯島利彦(元山梨県公害衛生研究所研究員)は、山梨県は旧竜王町(現・甲斐市)と旧白根町(現・南アルプス市)で採取したものミヤイリガイ99個、静岡県旧富士川町(現・富士市)岩淵駅のもの69個、そして福岡県久留米市長門石地内で採取したもの75個をそれぞれ殻長や殻径のミヤイリガイを計測して比較した。その結果、山梨県産及び福岡県産のミヤイリガイ相互の間には有意差は認められなく、また両者は「太短型」である。これに対して静岡県産のものは山梨・福岡両県産のミヤイリガイと有意差が認められ、形状も「細長型」でることを解明した。

飯島は推測としながらも「静岡県富士川町産のミヤイリガイは相当古くから固着していたものである。甲府盆地を流れる富士川の河口にありながら山梨県に棲息するミヤイリガイとは相当大きな相違がある。」と本稿で記述している。

当然古い論考なので新しい発見があるかもしれません。しかし甲府盆地のものが流れ着き定着したとは断言できません。筆者自身の新しい発見です。

ここまでの参考文献:飯島利彦 山梨衛研所報『山梨県産ミヤイリガイと静岡県富士川町産及び福岡県長門石産ミヤイリガイの殻型との比較 1962 第5号』

 

つい先日SNS上でミヤイリガイの新亜種が西表島で発見されたことを知りました。本年3月のことです。岡山大学福田宏准教授、東大澤田直人特任研究員そして獨協医科大学桐木雅史講師らの研究グループが西表島の山中にある滝の周囲で未知の巻貝を発見し、日本住血吸虫の中間宿主として知られるミヤイリガイの亜種であることを確認しました。2020年に発見したのですが、本年2月、「イリオモテミヤイリガイ」としてアメリカの専門誌に掲載されました。

感染の危険はありません!

島内でも2箇所の極端に狭い範囲でしか確認されておらず、環境省レッドリスト所謂近い将来野生での絶滅の危険性が極めて高い絶滅危惧IA類に相当するそうです。

素晴らしい大発見で嬉しい限りです。

また研究グループの一員である桐木先生は、本研究会の研修会にも何回も参加してくださっています。来県の折には、甲府盆地のミヤイリガイの生息調査をされています。ミヤイリガイの専門家です。

 

西表島で発見された新亜種イリオモテミヤイリガイ(出典:岡山大学プレスリリース)

 

次回に続きます。

 

地方病教育推進研究会

代表 遠藤美樹

静岡県における日本住血吸虫症②

地方病教育推進研究会(略称-教育推進研)事務局です。(ブログ第162号)

 

昭和9年頃の有病地を示す古い地図が旧浮島村史に出ています。旧浮島村は、現在の沼津市と富士市にまたがる地域です。いずれも甲府盆地から駿河湾に流れる富士川の流域です。恐らくこの流れにそって日本住血吸虫の中間宿主であるミヤイリガイもこの地に運ばれ定着したものと考えられます。

現地を見学していないのですが、先日テレビ放送でこの地を走る岳南電車の沿線の番組があり偶然視聴しました。番組内では電車からの風景が映し出されていましたが、中小の河川や湿地帯など見られませんでした。勿論本症の制圧のために様々な取り組みがなされ今に至っていることだと思います。いずれにしても岳南鉄道の岳南富士岡駅周辺を来月初旬頃観察に出かけたいと考えています。

 

出展:旧浮島村史

 

1962年発行の『寄生虫学雑誌 第11巻』に同地の日本住血吸虫症に関する論考があります。これから論考の一部を何回か取り上げ静岡県の様子を考えていきたいと思います。

『静岡県の日本住血吸虫病』(1)研究史

静岡県における日本住血吸虫病(以下症とここでは呼ぶ)の存在はすでに1914年(大正3)から知られていた。その後研究者により疫学的な調査がなされ、予防対策も打ち立てられた。その結果浮島地方の宮入貝の存在も極めて稀で殆ど消滅したと思われていた。

しかし1961年(昭和36)、今まで分布の全く知られなかった富士川の西岸旧富士川町(現・富士市富士川地区)に突然日本住血吸虫症患者が数名発見され、同地方の水田地帯約50ヘクタールにわたって宮入貝の分布することが判明した。

県は直ちに調査研究を行うとともに焼却法や薬剤分布などにより、徹底的に殺貝を実施した。

 

以下次回以降、大正時代(1912〜1926)から静岡県の同症の歴史を振り返ります。

 

(出典:寄生虫学雑誌 第11巻 第3号 1962年 「静岡県の日本住血吸虫病 (1)研究史 伊藤二郎、野口政輝、望月久らによる著作」)

 

「旧富士川町史」には宮入貝殺貝対策の詳細が記述されています。別の機会に掲載します。

 

地方病教育推進研究会

代表 遠藤美樹

 

長崎大学熱帯医学ミュージアム訪問記②

地方病教育推進研究会(略称-教育推進研)です。(ブログ第162号)

山梨県を襲った地震でしたが、甲府盆地は震度5弱の揺れでした。幸い近隣では大きな被害がなかったようです。

 

長崎大学熱帯医学ミュージアム訪問記の2回目です。

あいにく訪問した2日間とも雨降り。しかし2日目の20日は午前11時から熱帯医学ミュージアム館長のギャラリートークがあるので楽しみでした。

 

写真は熱帯医学ミュージアム入口(筆者撮影)

熱帯医学ミュージアムは、長崎大学医学部敷地内の奥にある熱帯医学研究所の隣接に位置しています。

 

館長のギャラリートークの概略を冊子と筆者のメモを元にまとめました。

初めに筆者の児童が作成した展示の班新聞の前に立った館長は、「今回の企画展を感染症の流行と人々の暮らしに目を向け、寄生虫症などの制圧に焦点をあて、その軌跡を紹介することとした」等と語りました。

 

※同ミュージアムには、マラニアを発症させるハエの標本や日本住血吸虫の標本が常設展として展示してある。また結核菌などを観察できる顕微鏡も設置してあり、長年収集したものや新型コロナウイルスなどを説明するパネルなどが展示してある。

 

今回の企画展では、回虫症、日本住血吸虫症、そして細菌性レプトスピタ症を取り上げている。

回虫症のコーナーでは、回虫症は糞尿の管理と関係が深いので扱い難い感染症だ。しかし糞尿を農業肥料として使われ循環型社会が背景としてあった。便所の改良、寄生虫予防法制定(1931年)、軍による徴兵検査などにより、回虫症対策は限定的だが進んだ。戦後学校での検便実施による予防の推進や化学肥料の普及などで寄生虫病の蔓延は抑制された。

日本住血吸虫症は、主に九州の筑後川流域、広島県の片山地方そして山梨県の甲府盆地に流行した寄生虫症である。20世紀初頭に日本人学者によって病原体発見(桂田富士郎)、中間宿主の宮入貝の発見(宮入慶之助)があり、宮入貝が棲めないように水路のコンクリート化を進める対策が講じられた。住民が参加する独自の対策方法が取られたことは世界的に見ても大変珍しいことだ。昭和町風土伝承館 杉浦醫院所蔵の薬剤スチブナールも今回展示してある。

 

写真はスチブナールが入っているケース(特別の許可を受け筆者撮影)

また30年前に社会科の授業で筆写が関わった掲示物の説明もあった。

 

次にネズミの糞尿を通じて媒介されるレプトスピラ症についての説明があった。鉱山での労働や農作業のあり方と深く関わった細菌性感染症の本症は、労働衛生の重要事例だ。長崎県の波佐見町で「波佐見熱」と呼ばれていた風土病は実はレプトスピラ症であったことががわかった。

 

最後に日本住血吸虫症の授業化に取り組んだ筆者の紹介と今山梨県昭和町の小中学校で取り組んでいるホタルの復活について言及がありこの日のギャラリートークを締めくくった。

 

なお日本住血吸虫症の説明の中では、小宮博士や久留米大学の岡部浩洋博士らの活躍の話もあった。

 

充実した2日間の長崎大学熱帯医学ミュージアム訪問でした。貴重な機会を与えてくださったミュージアム館長に改めて感謝申し上げます。

本企画展は、巡回展として今後公開する計画があるそうです。

 

地方病教育推進研究会

代表 遠藤美樹

 

 

長崎大学熱帯医学ミュージアム訪問記①

地方病教育推進研究会(略称-教育推進研)事務局です。(ブログ第161号)

梅雨の晴れ間。昨日から甲府盆地は30度超えの真夏日が続いています。

 

6月19日から一泊で長崎大学熱帯医学ミュージアムを訪問しました。かねてから同ミュージアム館長からお誘いがあり、意を決して行くことを決めました。

長崎大学熱帯医学ミュージアムでは、企画展「昭和100年風土病とのたたかい」ー「静かな生活革命」ー

を2025年12月23日から2026年7月17日まで開催しています。

 

写真は企画展のチラシ

この企画展についての目的を冊子の中の「ごあいさつ」では次のように説明しています。その一部を紹介します。

風土病の制圧は、現在あたりまえのことになっているため、忘れられがちになっていますが、私たちの暮らしにとっては実は大きな変化でした。

昭和時代の特に前半には、風土病は現在では想像することができないほど身近のもので、多くの人々を苦しめていました。風土病の病原体や感染メカニズムはさまざまで、その制圧のための方法も異なっていました。

昭和100年という節目の年に、制圧されたいくつかの感染症、特に風土病の歴史を振り返り、21世紀の新興感染症や地球規模の健康課題を考えるきっかけにしたいと考え、この企画展を企画しました。

 

筆者の30年前にこども達と取り組んだ地方病の授業。その時の班新聞と授業記録も展示してありました。山梨県の地から遠く長崎大学の地に展示されているのを目の当たりにし、不思議な感じがしました。

 

次回展示内容と館長によるギャラリートークを紹介します。

 

地方病教育推進研究会

代表 遠藤美樹

 

 

 

笛吹市春日居地区民生委員児童委員研修会を担当しました‼️

地方病教育推進研究会(略称-教育推進研)事務局です。(ブログ第160号)

6月10日(水)午後、昭和町風土伝承館杉浦醫院に於いて講演を行いました。これは春日居地区民生委員児童委員の研修会として実施したものです。笛吹市役所福祉担当、同社会福祉協議会事務局の方々含め20名の方々を対象にした講演会です。

春日居地区(現・笛吹市春日居町)は、山梨県の地方病制圧史において極めて重要な地域です。

しかし地域に暮らす人々は地方病のことをあまり詳しく知りません。

そこで今回の講演は、あまり知られていない「御指揮願い」及び医師「吉岡順作」について詳しく説明しました。

 

「御指揮願い」とは、1881年(明治14)8月27日付けで春日居村戸長・・田中武平太と衛生委員飯島邦寧によって東山梨郡役所経由で県令藤村紫朗宛に出された公文書です。これは地方病に関する初めての公文書です。内容は、

「村内の小松組に水腫脹満の患者が毎年発生し、地元の開業医にも原因が解らず、住民はなすすべもなく毎日を送っている。この病気の発生地域は限られており、水や土が身体に悪いのかもしれないので是非実地調査をし原因を解明して戴きたい」(現代訳ー実物は山梨県立博物館蔵)

これに対して県は診断書の提出を村に要請したに過ぎまかった。以後地元と県とのやりとりは数回あったが、原因究明はなかなか進まなかった。しかし、明治19年2月、軍医石井良斎によるこの地域の青年が体格不良であることを軍へ報告した事により事態は動き出した。

 

一方の医師・吉岡順作は春日井村に代々医業を営む家に生まれている。そして県で初めて死後解剖願いを出した農婦「杉山なか」の主治医だ。吉岡は解剖願いを代筆したと言われている。また死亡後の解剖に先立っては吉岡により弔辞が読み上げられている。

 

以上春日居村は、前述した通り歴史的に重要な出来事が起きている。研修会終了後、医院内外を館長さんらにより説明を受けた。

後日「初めて知りとてもためになった」等と多くの声があった旨、市役所担当者から連絡があった。

 

写真は、当日使用したスライド原稿の一部

 

次回は、静岡県の続きです。

 

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カンパにご協力をお願いします。詳細はホームページで。

 

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代表 遠藤美樹

静岡県沼津市における日本住血吸虫症の歴史①

地方病教育推進研究会(略称-教育推進研)事務局です。(ブログ第159号)

これまで日本住血吸虫症の感染地域のなかで三大流行地を取り上げ制圧の歴史を集めた資料を元に詳しく記述してきました。

 

今回から山梨県の隣県である静岡県における日本住血吸虫症について取り上げます。これまで全国の感染流行地の中で沼津市はその一つであったことは知っていました。しかし詳細はわかりませんでした。恐らく甲府盆地を流れる富士川が駿河湾に流れ込む際日本住血吸虫の中間宿主であるミヤイリガイも川の流れとともに運ばれたと考えられます。

いずれにしても沼津市の状況はどうであったか調べなくてはなりません。

そこで沼津市文化財センターに問い合わせたところ次のような回答がありました。

 

お問い合わせの『沼津市誌』及び『沼津市誌 全』には、(日本住血吸虫症の)該当部分はございません。一般的な伝染病などの記載はございます。恐らくですが、「沼津市誌    

叢書」の中にある『旧村地誌 二 浮島村誌 郷土の研究』ではないかと思います。その中でも、該当部は「郷土の研究」の中にある「郷土の理科」三 浮島付近の植物動物鉱物 (二)動物 六其他 かと思います。

との返信がありました。

 

写真は、送っていただいた浮島村史表紙のコピー

大変貴重な資料です。次回以降紹介していきます。

 

余談になりますが、先月長崎大学のI先生が来県した際、浮島地区の様子を電車内から見てみたいとわざわざ東海道線の電車に乗車して観察したそうです。その模様についてはまだお聞きしていません。

 

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代表 遠藤美樹

 

 

第6回地方病教育推進研究会報告

地方病教育推進研究会(略称-教育推進研)事務局です。(ブログ第158号)

2026年5月23日午後2時から昭和町風土伝承館杉浦医院に於いて設立三周年記念の意義を込め第6回地方病教育推進研究会が開催されました。

今回は山梨県内外から約40名の参加者があり今回も会場が参加者でいっぱいになる大盛況でした。学校関係者や医獣科学そして感染症史の研究者等多彩な顔ぶれでした。また地方病に関心をもたれている方の参加者も多く企画運営者として大変嬉しく思いました。

 

写真は会場の杉浦医院

昭和町教育委員会教育長様の祝辞の後、代表(執筆者)は設立三周年までの経過報告と地方病流行終息宣言が出されるまでの簡単な歴史説明を行いました。

 

引き続き実践報告に移りました。簡単に報告します。

初めに韮崎市立小学校講師M氏は、韮崎市や旧双葉町(現在の甲斐市)での実践の話しがありました。なかでもノーベル賞授賞者の大村智博士を授業に取り入れていることに感銘を受けました。

次に昭和町立小学校で校長として勤務しているS氏は、ホタルを育て町の未来につながる実践を報告。なかでも校長職としてホタルの育成を教育課程に取り入れていることに素晴らしさを痛感しました。

活発な意見交換の後、最後に長崎大学のI教授から講評を受けこの日の研究会を終えました。

後日メールでの感想を何人から受けました。その中に

実践報告を聞き、教育の場で地方病のような感染症制圧の歴史を扱うことは、公衆衛生学からみても極めて意義がある。

との意見が届きました。

大変ありがたい感想です。

 

なお研究会の模様は、翌日の山梨日日新聞に掲載されました。

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地方病教育推進研究会

代表 遠藤美樹